地方でも都市でも、医師不足が重大な社会問題となっています。
産科医のいない地域が全国で急増し、「地元で子どもが産めない」「妊婦健診に通うのも片道二時間」などの悲鳴があがっています。この十年間に「小児科のある病院」は二割も減り、小児救急の廃止が各地で問題となっています。地方病院では、勤務医の不足・退職で内科や外科でも「診療休止」「病棟閉鎖」があいつぎ、「残った病院」に患者が殺到して、今度はその病院の勤務医がやめてゆく、「ドミノ現象」が発生しています。地域医療の拠点がつぎつぎ崩れ、“住む地域によって医療が受けられない”という「命の格差」が拡大しているのです。
今日の医師不足には様々な要因がありますが、そのおおもとには、政府・与党の社会保障切り捨て政治があります。政府は「医療費適正化」の名で医師数を抑制しつづけ、日本を世界でも異常な医師不足の国にしてきました。また、診療報酬の大幅削減、「行革」の名による国公立病院の統廃合など、国の財政負担と大企業の保険料負担を減らすために公的保険・公的医療を切り捨てる「構造改革」が、地域の「医療崩壊」を加速しています。
日本共産党はこの間、広範な住民・医療関係者と共同し、地元に医師を確保し、地域医療をまもる運動に各地で取り組んできました。この問題を本当に解決するには、医療・社会保障を際限なく切り捨てる政治を転換し、政府が、国民の命と健康をまもるという本来の責任を果たすことが必要です。深刻な医師不足を解決し、崩壊の危機にひんした地域医療体制を立て直すため、私たちは以下のことを緊急に提言します。
1、妊産婦・乳幼児の命と健康をまもるために――産科・小児科確保の緊急対策を
産科・小児科不足は、もはや一刻も放置できません。産科の医師数、分娩できる施設数は毎年減りつづけ、地方によっては、出産前後の医療をになう「周産期医療センター」からも産科医がいなくなる、危機的事態となっています。近くに産科や小児救急がなかったために、妊産婦や乳幼児が命を落とすなど、痛ましい事件も続発しています。
こうしたときこそ、国公立病院、大学病院などの公的病院が、周産期医療や小児医療をまもる先頭にたつべきです。ところが、一九九六年から二〇〇五年の間に、産婦人科のある病院が二八・七%減少するなかでも、国立病院の産婦人科は三五・〇%減と、突出しています。まさに、国が率先して地域から産科を奪ってきたのです。東京の三つの都立小児病院の廃止計画など、公的病院の小児科縮小もあいつぎ、住民から不安と怒りの声が起こっています。
公的病院の産科・小児科切り捨てをやめ、この間、産科・小児科をなくしてきた病院は早期に復活するべきです。
民間病院でも、産科や小児科の休廃止が後を絶ちません。必要な人件費などを確保するためにも、産科・小児科の診療報酬を緊急に引き上げ、出産一時金を大幅に増額します。
さらに、周産期医療の拠点づくりを国の負担と責任で推進することが求められます。助産師の養成数を増やし、「院内助産所」の設置、病院産科と助産院のネットワーク化など、医師と助産師の連携を支援する対策を推進します。
2、医師数抑制路線をあらため、医師を抜本的に増員する
政府はこの四半世紀、「医師が増えれば医療費が膨張する」と宣伝し、「医学部定員の削減」を閣議決定までして、医師の養成を抑制してきました。その結果、日本の臨床医数は人口一〇万人あたりで二〇〇人(アメリカ:二四〇人、ドイツ:三四〇人、イタリア:四二〇人)、OECD加盟三〇カ国中二七位と立ち遅れ、深刻な医師不足が引き起こされたのです。ところが、厚労省はいまだに「医師は基本的に足りている」と誤りを認めず、問題は「地域別・診療科別の偏在」だと言い張っています。しかし、すべての都道府県の医師数がOECD加盟国の平均(人口一〇万人あたり三一〇人)を下まわる日本に「医師が余っている」地域などありません。
この間の世論の高まりを受けて、政府は従来の立場を修正し、暫定的に医学部の定員増を認める方向を打ち出しました(「新医師確保総合対策」〇六年八月)。しかし、その定員増は将来分の「前倒し」に過ぎず、今回、定員を増やした県は、のちに定員削減を求められます。しかも、定員増の対象は十県に限られ、深刻な医師不足に直面しながら「対象外」とされた道府県からは憤りの声があがっています。
異常な「医師数抑制」路線を改め、医療現場の実態も踏まえて計画的な増員をはかるべきです。とくに、医師不足が深刻な地域については医学部定員をただちに増やすとともに、地域枠・奨学金などで地域への定着をはかるようにします。へき地医療の担い手を育てる自治医大の入学定員を増やし、国の支援を強めることも必要です。
3、勤務医が安心して働ける環境を整備し、医療の安全・安心を高める施策を
医師の絶対的不足は、病院で働く勤務医に過酷な労働環境をもたらし、過密労働に耐えかねた医師の退職が、さらなる「医師不足」を招くという悪循環が拡大しています。
厚労省の調査でも、常勤医の平均勤務時間は週六三・三時間、小児救急の拠点病院では時間外労働が平均月七〇時間、多い人は月二〇〇時間以上です。産科勤務医の当直は平均で年一二三回、四九歳以下の勤務医の三割が「過労死認定基準」を超えているとの調査もあります。こうした長時間・過密労働を苦にした勤務医のリタイア、出産・育児などと両立ができないための女性医師の退職がつづいています。
勤務医の過密労働は、医療の質の確保や、患者の権利・安全という面からも解決が急がれます。医師の多忙は、「三時間待ち、三分診療」「患者への説明不足」などの要因となり、勤務医の疲労蓄積は、医療事故の危険性を飛躍的に増大させています。学会の調査によれば、「多忙で思考力が散漫になり、医療事故を起こしそうになった」という外科医は四割、「長時間手術のかけもちでミスが心配」という麻酔科医は六割にのぼります。
医師数の抜本的な増員とともに、看護師・スタッフの増員、病棟薬剤師やケースワーカーの配置基準の確立と財政措置など、勤務医の過重負担を軽減する支援策を講じます。職場内保育所の設置、女性医師の産休中の身分保障や妊娠中の当直免除、育児休業をとった医師の代替要員・現場復帰の保障など、家庭生活との両立支援を国として支援します。
医療事故をめぐっては、この間、医師や病院を相手どった訴訟が急増し、それが、勤務医のストレス増大、リタイア促進の要因となっていることも見逃せません。政府も、出産事故における被害者救済の公的基金(無過失補償制度)の検討を始めました。ヨーロッパ諸国の経験にも学び、医療事故の原因を客観的に究明する第三者機関、幅広い医療事故に対応する無過失補償制度の創設をすすめます。
4、「構造改革」の名で医療を受ける権利を奪う政策を転換し、公的保険・公的医療の拡充で、地域医療を立てなおす
長年の「医師数抑制」政策によって医療現場に蓄積していた矛盾を一挙に拡大し、地域医療を崩壊のふちに追い込んでいるのが、診療報酬の総額削減、公的病院の統廃合などの「構造改革」です。
二〇〇二年に自公政権が強行した診療報酬「二・七%削減」は、一六〇床規模の病院で年間一億円の赤字を発生させるなど、多くの病院を人員削減や病棟縮小に追い込みました。さらに、〇六年に強行された「三・一六%削減」、長期入院やリハビリへの報酬削減は、保険医療に取り組むすべての医療機関に打撃を与え、勤務医の労働条件悪化、採算の低い診療科の廃止、中小病院の廃院を加速しています。「現在の医療政策が継続されれば、中小規模の民間病院はわが国では存在しえなくなる」(出月康夫・日本医学会副会長)という危惧の声もあがる事態です。
診療報酬の総額削減路線をあらため、高薬価や高額医療機器の実態にもメスを入れつつ、医療の質と安全の向上、医療従事者の労働条件の改善、地域医療の支援など、必要な分野を増額する診療報酬の改革が必要です。
さらに、政府は、国立病院・療養所の移譲・廃止を強力に推進し、都道府県や市町村が運営する自治体病院についても、「不採算」なら「サービス自体が必要でも」統廃合するよう指導し、この五年間で二八九の自治体病院・診療所をなくしてきました。東京都と大阪府でも、五四の公立病院のうち、大阪・忠岡病院の閉院をはじめ、二六病院・四六診療科が休止・縮小に追い込まれています(「毎日」一月二十三日付)。公的病院への「採算重視」「人件費削減」の押しつけは、「スタッフ削減による労働強化で勤務医がつぎつぎ退職」(愛知県の公立病院)、「赤字削減のための夜間診療増設で、過重労働に耐えかねて勤務医十二人が退職」(北海道の公立病院)など、勤務医リタイアの“引き金”ともなっています。
公的病院は本来、住民の命と健康に責任をもち、不採算部門やへき地医療を担うために設立されたものです。コスト削減一辺倒の「合理化」や「統廃合」の押しつけをやめ、地域医療・住民福祉の拠点として必要な予算を確保します。
5、不足地域・診療科への医師の派遣と確保――国が責任を果たし、都道府県の取り組みを抜本的に支援する
これまで、地方病院は、研修医を多く抱える大学病院から、中堅・ベテランの医師を派遣してもらうことで医療体制を維持してきました。ところが、「新臨床研修制度」導入(〇四年)で大学病院を研修先に選ぶ医師が減り、さらに、独立行政法人化による「採算重視」の押しつけを受け、いま、大学病院は、地方に医師を派遣する余裕をなくしています。
「新臨床研修制度」自体は、研修医に幅広い研修を義務づけ、力量アップをはかる改善です。同時に、従来の“大学病院だのみ”が通用しなくなった今、医師不足の地域や診療科に、必要な医師を派遣・確保する、新しい公的な仕組みづくりが必要となっています。
第一に、地域の医療体制の確保に責任をもつ、都道府県の役割が重要です。すでに、「医師を県職員として雇用し、離島に派遣。研修や代替医も県が保障」(長崎県)、「当局・大学・民間病院の協力で、不足地域へ医師を派遣・紹介する連絡調整会議を開設」(北海道)などの取り組みが各地で始まっています。府北部で深刻な医師不足が発生している京都では、日本共産党と住民・医療関係者の運動がすすむなか、当初は消極的だった府当局が態度をかえ、「北部医師派遣事業」の開始、大学・医師会などと連携した「医療対策協議会」の設置、「安定的な医師派遣システム」の確立などに動きだしました。
しかし、これらの取り組みは体制も予算も都道府県まかせで、地方からは、「県独自の取り組みは限界」「国として財政支援を」という強い要望があがっています。国が、すべての国民に必要な医療を保障する責任を果たすべきです。
国と公的医療団体でつくる「地域医療支援中央会議」の機能を強化し、全国的な医師派遣システムを確立します。公募などで医師を確保する「プール制」「ドクターバンク」、医師不足地域で働く医師のローテーション確保、研修や学会参加の保障、手当の割増支給など、都道府県の取り組みに対し、国が財政支援をおこなうようにします。
また、政府は、“病床を減らせば、医師は余る”などとして、「医師確保」を口実に、病床削減や病院淘汰をすすめる動きも見せています。緊急避難措置として医師の「重点化・集約化」が必要な地域は、住民合意、十分な予算投入、医療現場の意見反映などを前提に、既存の医療資源を生かす方向でこれをすすめ、「重点化・集約化」を口実にした住民無視の病院つぶしや、公的病院の強引な統廃合はやめるべきです。
深刻な医師不足、地域医療の危機は、政府・財界がつづけてきた「医療費削減」路線の矛盾のあらわれです。日本共産党は、「小さな政府」の名で国民の命と健康への責任を放棄し、「官から民へ」のかけ声で公的保険・公的医療を破壊する政治といっかんして対決してきました。命の平等を保障し、国民だれもが安心してかかれる医療制度をまもり、拡充するため、多くの方々に共同を呼びかけるものです。